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2007年7月

   大橋秀雄
JABEE会長
(2005-2009)  

JABEE小史

 1997年に「国際的に通用するエンジニア教育検討委員会」(吉川弘之委員長)が活動を開始してからちょうど十年が経ちました。当時はグローバル化が急激に進展した時代であり、WTO(世界貿易機関)がモノの貿易自由化からヒトの流動化促進に重点を切り替えた直後のことでした。当面流動化の対象となったのは、会計士(accountant)やエンジニアなどの高度専門職でした。エンジニアの流動性促進は、アジア・太平洋地域ではAPECを中心に、世界レベルではEMF(Engineers Mobility Forum)を中心として、共通資格の導入や、基礎教育の質保証に対する枠組み作りから始まりました。
 国際的に通用するエンジニアを生み出すためには、その教育にも国際的に通用する質保証の裏付けが必要です。冒頭に述べた検討委員会の発足は、まさにこのような時代の要請に応えるものでした。学産官の密接な連携のもとで、技術系大学教育の質保証を促進し、 これを認定するシステムの構築を進め、1999年11月、吉川委員長が初代会長に就任して日本技術者教育認定機構(JABEE)が発足しました。
 それから間もなく8年、その間JABEEは認定の試行から始めて、6年度にわたって技術者教育プログラム(学科やコースを単位とする教育課程)の認定を進めてきました。2006年度までに144教育機関にわたる346プログラムを認定し、その結果を世界に公表しています。また2005年6月には、技術者教育の質的同等性を国際的に認め合う枠組み−ワシントン協定(Washington Accord)−への加盟が認められ、当初の目標通りJABEE認定に世界公認ラベルを貼ることができました。

エンジニア、テクノロジスト、テクニシャン

 国際舞台でEngineeringに関する議論をするとき、我々日本人が先ず戸惑うのは言葉の意味付けです。日本で技術者というと、それには現場の作業者から設計技術者・開発研究者までさまざまな役割の人が含まれており、人によって頭に描くイメージはさまざまです。欧米でもこのように混乱した時代がありましたが、現在では次のように定義が固まってきました。技術を担うもの(engineering practitioner)は、知識の応用と構想力を中核能力とするエンジニアengineer、技能を中核能力とするテクニシャン technician、両者の中間的性格をもつテクノロジストtechnologistの三つの職務に分類されます。中核能力の違いに応じてそれに必要な基礎教育期間も異なり、中等教育終了後エンジニアには4年以上、テクノロジストには3年以上、テクニシャンには2年以上の専門教育が求められます。簡単にいえばエンジニアは工学系の学士課程、テクノロジストは工業高等専門学校、テクニシャンは技能訓練学校の修了者と考えればよいでしょう。
 法律や規則に基づく職務資格(licensed/registered qualification)は、三つの職務に対応してProfessional Engineer(PE), Engineering Technologist, Engineering Technicianと呼ばれるのが国際標準です。イギリスでは前二者がChartered Engineer, Incorporated Engineerと呼ばれるように、英語圏でも国によってバリエーションがあり、まして非英語圏では国や地域によって独自の名称を使います。日本には、PEに相当する技術士という国家資格がありますが、Engineering TechnologistやEngineering Technicianに対応する明確な資格はありません。(上記の説明は、ワシントン協定のRules & Proceduresに基づいています)
 Engineering educationは日本では工学教育と訳され、それにはエンジニアからテクニシャンに至るすべての技術系人材の教育が含まれてきました。JABEEが認定の対象とする教育は、エンジニア育成を目的とするエンジニア教育だけですから、これを従来の工学教育から識別する必要があります。JABEEの立ち上げに当たってこの点が十分議論され、JABEEとしてはエンジニアを技術者、エンジニア教育を技術者教育という日本語に対応させ、この使い方を社会に浸透させる努力をしてきました。技術者の国家資格が技術士と呼ばれることとも整合しています。技術者とはエンジニアであるという認識は、我々技術者仲間だけではなく、新聞を始めとして次第に社会に浸透してきました。しかし、テクノロジストとテクニシャンを何とよぶか、まだ合意された日本語は見当たりません。

JABEEのミッション

 JABEEの誕生は、最初に述べたようにグローバル化への対応が引き金となったことは確かです。しかしJABEEの第一ミッションは、日本の技術者教育の質を高め、学生諸君が強い技術者に成長する基盤を固めることです。これは、技術者の活躍舞台である産業界の競争力強化に直結しますし、ひいては科学技術創造立国を標榜する国策にも合致します。技術者はその定義からして、単に自然科学を中心とする知識とその応用力を備えるだけではなく、新しい概念を構築したり、不足する知識を探し出す能力も求められます。技術者の中に、技術に関わる研究者が含まれるのは当然のことです。技術者と研究者は違うという意見は、技術者の定義が国際常識から外れていることに発しているようです。島津製作所で分析機器の研究開発に携わった田中耕一さんがノーベル賞を受賞したことは、技術者の夢を大きく膨らませました。
 日本の技術者教育の質が高まれば、それが国際的に認知されるのは当然の帰結です。ワシントン協定に加盟してJABEE認定に世界公認ラベルを貼り続けることは、これもJABEEの重要なミッションですが、目標というよりむしろ結果と考える方が適切でしょう。
 認定とは、技術者教育として必要な最小限の基準を示し、それが達成されていることを確認する行為ですから、教育の自由度を拘束するという一面を否定することはできません。しかし今世紀に入る直前から、何を教えなければならないという入力規制型の基準から、学習の成果に着目するアウトカムズ型の基準に世界的に一斉に切り替わった結果、教育に対する拘束は劇的に減少したはずです。新しく誕生したJABEEは、当然後者の基準を採用しています。各プログラムがそれぞれの教育目標を明示し、それが実現されているか検証しながら、継続的な改善を続ける。まさしくそれが、質保証の本質です。JABEEの認定は、そのような質保証が機能していることを確認した結果になっています。
 教育目標の中には、達成すべきレベルが含まれます。JABEEは、そのレベルがワシントン協定加盟国で学士課程教育として容認される最低レベルを超えていることを求めています。このことが往々にして、JABEE認定は最低レベルの保証であり、レベルが高いと自負するプログラムにはJABEE認定など不要であるという誤解の原因となります。JABEEは最低レベルでなく「越えているレベル」を達成し、保証することを求めています。そしてその目標レベルを、少しずつ引き上げて下さい。その継続の上に、世界に誇れるプログラムが生まれるでしょう。認定は、教育を強化するツールとして活用できるところに真価があります。
 大学などの教育機関は、学生諸君のニーズにあった教育を提供するサービスプロバイダー(educational provider)ともいえます。プロバイダーであれは、そのサービスの質を世間の評判に任せるだけではなく、公正な、できれば国際的に通用する評価で裏付ける必要があります。すでに義務化されている認証評価(機関別評価)も当然その役割を果たしますが、JABEEが担っているプログラム認定が、学科やコースを単位とする教育課程を個別に評価する唯一の方法となっています。

技術者資格と認定

 技術者の職務資格PEには、技術士のような国内登録資格、APEC EngineerやEuro Ingのような圏内共通登録資格、EMFが普及に務めているInternational PE(IntPE)のような世界共通登録資格まで、さまざまなものがあります。国境を越えて通用する共通資格を議論するとき、資格取得の要件として修了すべき基礎教育が規定されます。ワシントン協定に加盟する認定団体(JABEEはその一つ)が認定する教育プログラムは、まさに世界で通用する基礎教育の要件を満たしています。
 職務資格と基礎教育の関係を重視する考え方は、2000年の技術士法の改正の折りに日本でも初めて取り入れられました。改正前は、所定の実務経験を積んだあとで技術士試験に合格すれば、たとえ学歴ゼロでも技術士登録ができました。基礎教育の要件に欠ける旧技術士は、国際的な同等性を主張するうえで弱点を抱えていました。改正を機に、4年制大学修了相当の学力を確認する第一次試験が新たに導入されました。基礎教育を確認する代わりに、実力テストで代用したことになります。JABEEは、すべての修了生が学士課程レベルを達成していることをシステムとして保証することを求めていますから、それは第一次試験の役割を代行していることになります。JABEE修了者に第一次試験が免除される根拠は、「システムとして保証する」という一点にあります。この保証が崩れないように、審査側も受審側も注意を払い続ける必要があります。
 JABEEプログラムを修了して卒業するものは、第一次試験が免除されて、登録によって直ちに技術補Associate PEの国家資格が与えられます。その後最低4年の実務経験(修士は2年と換算)を経たのちに技術士第二次試験を突破すれば、若くしてプロ技術者の仲間入りを果たすことができます。このような特権は、技術者教育に携わるものが社会に巣立つ学生諸君に与えることができる大きな贈り物です。2000年の技術士法の改定によってこのようなことが可能になった背景には、技術者がプロ技術者として活躍するチャンスを広げるとともに、公益に対する責務を負っている技術士が社会から見える大きな集団に成長して、技術の信任を担う中核となることを願う大きな意図が働いています。

世界の中のJABEE

 技術者教育の実質的同等性を認め合うワシントン協定は、隔年に総会を開いて加盟団体の定期的再評価、新たに加盟する団体の審査を行います。加盟団体は国或いは地域を代表する技術者教育認定団体で、アメリカのABET、日本のJABEEのように、自国の教育機関を対象に認定を行います。
 JABEEは2001年の総会で暫定加盟、2005年の総会で正式加盟が認められ、2007年6月に開かれた第8回総会から初めて加盟を審査する立場で参加しました。最新の加盟情況を下図に示します。


 加盟は、図で赤く示したように12ヶ国に達しました。1989年の条約発効時に加盟したアメリカUS、カナダCA、オーストラリアAU、ニュージーランドNZ、イギリスGB、アイルランドIEの6ヶ国に加え、1995年に香港HK、1999年に南アフリカZA、2005年に日本JP、2006年にシンガポールSGが加わり、そして2007年には韓国KRと台北TWが加盟を果たしました。地図から明らかなように、加盟国の中心はアジア・太平洋地域に移り、これまでのアングロサクソン系中心の色合いが薄れてきました。とりわけ、発展目覚ましいアジアの国々が、自国の技術者教育に世界公認を取りつけるため国を挙げて取り組んでいるのが印象的です。
 JABEEは加盟に先立ち、USとAUの認定団体と協力協定MOUを結んで指導を受けるとともに、暫定加入に当たってはCAとNZの認定団体の推薦を得ました。JABEEはいまや、非英語圏では初めての加盟団体として、近隣諸国の技術者教育を支援、推薦する立場に変わっています。KRとTWの認定団体とは、MOUを交わしてその加盟を支援して来ました。巨大な隣国CNの中国科学技術協会CASTとMOUを結び、認定システムの立ち上げに協力しています。またロシアRUの暫定加盟に当たっては、推薦を引き受けて成功させました。
 JABEEの第一ミッションは、すでに述べたように日本の技術者教育を強化することですが、日本の産業力に見合った国際貢献を行うことも当然の責任と考えています。一民間団体であるJABEEには、財政的基盤からも活動に限界がありますが、賛助会員などのご支援を得ながら国際連携を進めて行きたいと思います。JABEEの発足がもし5年遅れていたら、日本の国際的立場はどうなっていたか?情況に対応するタイミングとスピードの大切さを痛切に感じます。
 なお現在、ヨーロッパ大陸諸国からの加盟が遅れている現実があります。これは、ヨーロッパ29ヶ国がボローニャ宣言に従って、大学教育を3年学士課程と2年修士課程に再編することにも関連があります。ワシントン協定加盟に当たっては、ヨーロッパの3年学士課程と協定加盟国の4年学士課程との同等性の立証が大きな問題となってきます。
 ワシントン協定は、エンジニア教育の同等性を認め合う枠組みです。このような枠組みは、当然テクノロジスト教育やテクニシャン教育にも必要であり、前者にはシドニー協定(Sydney Accord)、後者にはダブリン協定(Dublin Accord)があります。日本は、まだその何れにも加盟していません。

これからの課題

 JABEEの認定は、5年サイクルで更新されます。これは、教育プログラムの継続的改善が進んでいることを定期的に確認するために行われます。JABEE自身にも、同じように認定事業の継続的改善が求められます。JABEEの組織運営規則には、「定款に定める事業および認定機関として必要な事項について自ら点検・評価を行い、結果を公表し、さらに第三者による検証を求めること」と定められています。この規定に従い、JABEEは第14回理事会(2005年6月21日)で自己評価の実施を決め、会長をリーダーとする自己評価プロジェクトをスタートしました。総力を挙げてまとめられた自己評価報告書は、第19回理事会(2007年6月7日)に提出され、早急にアクションプランを作成して改善を実現するとともに、JABEE関係者以外による第三者の検証を求めることが決定されました。現在はその作業の具体化が進行しています。
 以上の組織としての評価・改善活動とは別に、会長として強く認識している課題を、プライオリティの順に列挙します。

1. 社会と産業界へのJABEE認知度の向上

 JABEE認定に対する産業界の認識は、まだまだ低いと認めざるを得ません。JABEEを知っているのは、日本経団連を中心とする大企業に限られています。産業界全体、ひいては広く社会や若者に認定の意義を浸透させるため、これまで以上にマスコミへの露出度を増やし、広報に力を注ぐ必要があります。これは、JABEEのすべてのステークホルダー、学生諸君、教職員、学協会、産業界、関係府省の共通の願いであり、また活力の源泉ともなります。

2. 認定制度の成熟化

   JABEEは短期間で認定制度を立ち上げ、また認定の拡大に追われてきました。これまでは、審査数の増加に追いつくよう審査員を増強し、また基準や手順などの部分的手直しを続けてきましたが、そのような離陸段階は終わりました。これからは受審側に対する配慮を一層重視し、認証評価とJABEE認定の両方に追われる教育現場のロードを低減できるよう工夫することと、認定のメリットが学生側にも大学側にも実感できる外部環境づくりを急ぐことなど、認定制度の成熟化に務める必要があります。

3. 大学院修士課程への認定拡大

 工学系での修士課程進学率の増加につれて、修士卒はもはや博士課程前期、すなわち博士養成課程の前半を終えたものではなく、高度な技術者基礎教育を終えたものとの認識が強まってきました。産業界の技術系人材ニーズの重点もその方向に移りつつあります。
 すでに述べたように、これまで技術者の基礎教育は、国際的に4年制学士課程以上と考えられてきました。しかし科学技術の高度化につれて、その認識が変わりつつあります。修士が技術者のFirst Professional Degree(プロとして通用するために必要な最低学位)となる流れが、世界中で次第に顕在化しています。ヨーロッパ大陸はそれを先取していますし、アメリカ工学アカデミーは2020年までにその転換を図るべきだと提言しています。アメリカのPEを取得するには、学士の上に実質修士分の学習を加えることが必要となりました。日本もその流れに乗らざるを得ないでしょう。
 2007年度から始まる修士課程の認定は、修士課程にも質保証が欲しいという産業界からの要望と、認定を通じて修士教育を強化し、その特色を明示したいという大学側の要望に応えたものです。工学系で修士課程を終える大学6年の間に、医学部では学生が医者として社会に巣立つ教育を終えます。人間の命と健康を守るプロは医者、現代社会の基盤である人工物の安全性と信頼性を守るプロは技術者です。修士課程を、学生諸君が自信を持ってプロ技術者の出発点に立てる教育に変えて欲しい。そして認定をそのためのツールとして活用して欲しい。これが、修士課程認定導入に対する切なる願いです。

4. 国際協力の推進

 ワシントン協定加盟団体として、アジア諸国への支援・協力、外国への審査員の派遣など、対外業務が急増しています。外国語のハンデを乗り越えて果敢に発言・行動するには、覚悟と場慣れが必要ですが、人材の発掘と養成を重ねて国際協力態勢を強化する必要があります。

5. 公益社団法人への移行

 JABEEは創立以来、法人格としては任意団体を続けてきました。2006年に公益法人制度改革3法が公布され、2年半以内に施行される状況となりました。これまでの認可制から届け出制に変わるのを機に、JABEEは新法による社団法人となるべく準備しています。受付開始を待って直ちに届け出を行い、社団法人格を得た上で、さらに税制上の優遇措置が適用される公益社団法人の申請を行います。また公益法人化にともなう定款の見直しも進めます。

おわりに

 JABEEは離陸段階を終え、これからは信頼性や効率をより重視した巡航体制に移ろうとしています。ここに至るまでに、高等教育機関、学協会、産業界、関係府省などから頂いた強力なご支援に深く感謝します。これからの最大の課題は、関係者の献身的な努力で築き上げたプログラム認定制度が、学生諸君の卒業後のキャリア展開を力強く支援し、教職員の自らの教育に対する自信を高め、そして受け入れ側の産業界がその意義と成果を評価する、すなわちステークホルダー全員の満足感を高めることにあります。まだ長い道のりですが、光は見えています。これからも引き続きご支援をお願いいたします。

以上

参考: 過去の解説記事

会長就任のご挨拶 −次の段階に向かって−(2005年6月)
JABEEの理解を深めるために(2004年5月)
技術者教育認定制度が目指すもの(2000年秋)

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