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2004年5月までのJABEEのホームページからJABEEとは
→ JABEE設立の目的をクリックすると、「技術者教育認定制度が目指すもの」(技術者教育認定制度シンポジウム、2000年秋より)と題する解説文に飛んだ。これはJABEE設立の翌年、認定の試行が始まったばかりの頃、JABEE制度の理解と普及のために開かれたシンポジウムで私が講演した内容の転載である。それから既に4年近くの歳月が流れ、試行の段階をとうに脱して本格認定の時代に入った。既に2001,02,03年度の認定が完了して、認定プログラム数は累計102、年間修了生数8500名余の状態に達している。大学関係者、学協会関係者、産業界および文部科学省と経済産業省の熱いご支援を得て、JABEEは草創期を脱し、その事業も着実に軌道に乗りつつある。 JABEEの目的や、基準・自己点検書・審査の手順と方法などについては、JABEEのウエブサイトから十分な資料が引き出せるようになっている。また受審側・審査側両方の経験が広く公開されていることから、認定の実務に関する情報はかなり行き渡ってきた。4年目の改訂といえる本文では、JABEEの目的について言を重ねることを避け、、ワシントンアコード暫定加盟、認定プログラム修了生に対する技術士一次試験免除、学校教育法の改正に伴う認証評価制度の導入など、JABEEを取り巻く周辺情況の変化を中心に解説を加え、JABEEに対する理解をいっそう深めていただくことを意図している。
1.グローバルな社会で生きるために −日本語と英語の乖離を放置できない−
グローバルな社会で生きるためには、自らの考えや行動を、いつでも外国語で(英語の場合が圧倒的に多いが)世界に向けて説明できるようにしておかなければならない。その場合、辞書に基づく英訳では不十分で、果たして内容が同等か吟味しなければならない。たとえば、「助教授」を昔は字義通りに「Assistant
Professor」と訳していたが、実体を調べると「Associate Professor」に近いことが分かってきたので、最近ではそれが定着している。「助手」を「Assistant」としないで「Research
Associate」と訳すことも、同様な事情によっている。世界との交流も少なく、内容が不一致でも実害がない時代では、英訳は単なる英訳で済んだが、グローバルな時代ではそれが許されない。実質的内容を正しく発信し、それを理解してもらう努力が必要である。 「工学教育」についても同じことが起こっていた。これまで、工学教育をengineering
educationと訳してきたが、これも単なる英訳であって、我々の工学教育が果たして世界で通用しているengineering
educationと内容まで一致しているかどうかは不問に付されてきた。 その事情が崩れるきっかけは、大きくいえばグローバリゼーション、より具体的には、1995年のWTO誕生とともに、貿易自由化の対象がモノからサービスに拡大されたことにあった。サービスの担い手は人間、とくに専門能力をもつ会計士・技術者などの専門職であるから、専門職の同等性、ひいてはその基本となる専門教育の同等性が現実の問題としてクローズアップされた。同年11月に大阪で開催されたAPEC首脳会議で、有資格技術者の域内流動性を促進することが決議され、これが決定的な起爆剤となって、わが国でもシステム互換性の検討が避けられなくなった。思い起こせば、JABEE誕生の萌芽もこの年に生まれている。我々が長らく行ってきた工学教育が、調べてみると世界の実態からかなり乖離していることが明らかになった。 JABEEが生まれた動機の一つは、我々の工学教育と世界で通用するengineering
educationとの乖離を少なくして、卒業生諸君が自信を持って世界に飛び出せるようにしたいという願いであった。そのための具体的な行動が、JABEEが目的の一つとして掲げている国際同等性の担保であり、それがワシントンアコード加盟へと繋がって行く。
2.技術者とengineer
これまで日本では、技術者を単に技術に関わるものという程度の曖昧な意味付けで使ってきた。我々はこれを、engineer(ドイツ語、フランス語ではIngenieur)に対応する言葉として再定義し、日本の技術者が世界に出て、”I
am an engineer.” と胸を張っていえる状態にしたいと願っている。
Engineerという言葉は、仕事を表す一般名詞ではなく、称号titleないしは弱い資格qualificationと考えていただいた方が国際的理解に近い。Engineerは、技術者の登録資格registered qualification、例えばアメリカのProfessional Engineer、イギリスのChartered Engineer、日本の技術士(Professional Engineer)などに比べれば、法的な特権や義務をほとんど持たない。しかし、例えばアメリカのオレゴン州では、州法
(Engineering Law)によってEngineerの称号使用に条件が付けられており、それに適合しないものはengineerと自称できないし、公益に関わる技術的仕事に就くこともできない。(自分の敷地内での技術的仕事は適用除外)
Engineerの称号使用については、世界最大の学会IEEE
(Institution of Electric and Electronic Engineers) が出している声明Statementが、欧米の常識を最も明確に示している。それを要約すると以下のようになる。(参照:http://www.ieeeusa.org/forum/POSITIONS/titleengineer.html)
国際的には、engineerの称号は上記のように使われている。これを日本語にどう訳すかについて、JABEE創設に先立ち多くの議論が交わされた。単に技術者と訳してしまうと、これまで曖昧に使われてきた技術者と区別できない。いっそエンジニアと仮名書きにして区別したらどうかの意見すら出た。
言葉というのは、物事を表現するために使われる比喩metaphorに過ぎず、従って言葉の意味は多様であり、また時代と共に変化する。Engineerの和訳はどう見ても技術者であり、いまはその内容が、日本と欧米では食い違っているのが現状である。技術者に代わる別の日本語を探すより、ストレートにこの食い違いを解消するよう社会に働きかけよう、というのが我々の結論であった。
以来JABEEは、「技術者」を国際的に通用する「engineer」と同等なものとして使ってきた。JABEEの日本語名を日本技術者教育認定機構としたのも、当然の帰結であった。
JABEEが認定の対象とする技術者教育とは、初級レベル技術者entry-level
engineerを育成するために必要な学士レベルの基礎教育を指す。技術者Engineerは、下図に示すように、技術を業とするもののうち、学士レベル以上の科学知識(工学)をその能力の中核におくものを指し、スキルを能力の中核とする技能者Technicianを含まない。(ここでいうスキルskillとは、訓練と習熟によって得られる高度な作業能力を指す。外科医は当然のこと、技術者にもスキルが要求される場合が多いが、その場合でも求められる能力の中核は、あくまで知識とその応用力である。)

技術者に必須な学士レベルの基礎教育は、工学部のみならず、理学部、理工学部、農学部など、いわゆる理工系(医学部を除く)学部で広く行われている。技術者の育成を目標とする専門教育プログラムは、組織の名称を問わず技術者教育と見なされる。
JABEEは認定したプログラム名を英語で世界に公表している。そのプログラムを修了して学士を取得したものは、その分野で技術者というプロの入り口に立ったことになり、それが国際的に公開されているわけである。ここでわが国特有の厄介な問題が生ずる。日本語のプログラム名は、その新しさやユニークさをアピールするために、国際常識から理解できる技術分野との対応が困難な場合がしばしば現れる。たとえば「産業技術デザイン工学」、「環境創生工学」などのプログラム名があったとすると、その修了生が備えている技術者としての能力competenceを国際的に理解できる英語でどう表現したらよいのか、誰でも頭を悩ますだろう。 現在の日本語プログラム名は、どちらかというと入り口重視、すなわち若い人へのアピールを重視して決められている。しかしアウトカムズを重視するJABEEとしては、学生諸君の卒業後の活躍を助けるために、いかなるラベルを貼って国際社会に送り出したらよいかという、出口重視の観点から名前を付けていただきたいと願っている。現在、国際的に公表する英語のプログラム名program
titleについては、JABEEが国際常識の代弁者となって介入し、必要に応じて修正をお願いしている。このような介入が早く不要になることを願っている。
*英語圏以外の国や地域は、英語に対応するそれぞれの自国語を持っている。漢字圏では、共通の文字(漢字)を通じてその相互比較が可能であり、中国、台湾、韓国、日本が対象になる。中国と日本を対象として技術者教育に関連する言葉の比較をしたのが下表である。
| English |
中国語(繁字体) |
日本語 |
|
Science,
Technology |
科学、技術 |
科学、技術 |
|
Engineering |
工程 |
工学または技術業 |
|
Engineer |
工程師 |
技術者 |
|
Registered
Engineer |
注冊工程師 |
技術士 |
|
Technique |
技術または工芸 |
技能 |
|
Technician |
技師 |
技能者 |
|
Accreditation |
認証 |
認定 |
中国では、工程という言葉でengineeringをscience(学)から明確に分離しており、欧米の思想に近い。今後漢字圏との交流が盛んになる中で、同じ漢字でも意味が違うことに注意を払わなければならない。
3.ワシントンアコード加盟を通じて
技術者教育の国別の認定システムとは別に、技術者教育の質的同等性を国境を越えて相互に承認し合う協定、いわゆるワシントンアコードWashington
Accord(以下WA, http://www.washingtonaccord.org/)が1989年に締結された。最初はアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アイルランドの六カ国を代表する技術者教育認定団体が調印したが、現在は香港と南アフリカが加わっている。なお、WA加盟団体は、国家から独立した民間団体であり、またその国を代表する唯一の組織であることが求められている。
現在、ワシントンアコード加盟国はアングロサクソン系あるいは英語圏の諸国に限られている。JABEEは非英語圏の国としては始めて、2001年6月の第5回総会(南アフリカ)で暫定加盟を申請し、満場一致(2/3以上が可決条件)で認められた。2年後の第6回総会(NZ)では、マレーシア、シンガポール、ドイツの3カ国が暫定加盟を認められた。JABEEはこの総会にProgress Reportを提出し、次回総会(2005年)で加盟を申請するため、審査団の派遣を要請した。これに応じて、カナダ、アメリカ、NZから3名の審査団が03年11月に行われた実地審査(3大学)に立ち会うために来日し、また翌年4月の認定委員会にも参加して、JABEEの審査・決定プロセスが加盟国と同等かどうか、細部にわたって視察した。05年1月に審査団からWAに提出される報告書が、次回総会における加盟採決(満場一致が条件)に決定的な影響を与えることになる。
現在WAに加盟している正式加盟国Signatory
Memberと暫定加盟国Provisional Memberの 分布は、下図のようになっている。日本が端緒となって非英語圏国の加盟が始まると、アジア、ヨーロッパ、ロシアなどに、加盟の動きが加速するものと思われる。
WA加盟団体により認定された大学の教育プログラム(大学と学科名)が、WAのホームページから全て公開されている(http://www.washingtonaccord.org/wash_accord_lists.html)。 その中に、我が国の大学に関わるものは現在皆無であるが、やがて日本の大学名やプログラム名が並んで発信される日が待たれている。
以下は、各国を代表する正式加盟団体のリストである。
| アメリカ |
Accreditation
Board for Engineering and Technology (ABET) |
| カナダ |
Canadian
Council of Professional Engineers (CCPE)
with
Canadian Engineering Accreditation Board (CEAB)
|
| イギリス |
Engineering
Council (EC/UK)
with 35 engineering institutions |
| アイルランド |
Institution
of Engineers of Irland (IEI) |
| オーストラリア |
Institution
of Engineers, Australia (IE Aust) |
| ニュージーランド |
Institution
of Professional Engineers, New Zealand (IPENZ) |
| 南アフリカ |
Engineering
Council of South Africa (ECSA) |
| ホンコン |
Hong
Kong Institution of Engineers (HKIE) |
暫定加盟中の団体
| 日本 |
Japan
Accreditation Board for Engineering Education (JABEE) |
| マレーシア |
Board
of Engineers, Malaysia (BEM) |
| シンガポール |
Institution
of Engineers, Singapore (IES) |
| ドイツ |
German
Accreditation Agency for Study Programs in Engineering
and
Informatics (ASIIN)
|
WA加盟団体との話し合いの中で、留意すべき重要な点がある。それは教育の質を論じていても、その背景に技術者の同等性を確保しようという強い目的意識があることである。日本の大学の教員は、教育の質を高めたいという強い意欲はあっても、プロフェッショナルとしての技術者を育てるという意識が希薄であったことは否めない。話し合いの中で、意識の違いにはっとさせられることがしばしば起こった。
Engineerがプロとしての地位を確立している国では、Institution
of Engineersと呼ばれる技術者団体が、その国の技術者を代表して様々な活動を行っている。上記の加盟団体リストから明らかなように、技術者教育の認定を技術者団体が直接実施しているところが大部分で、そうでないのはアメリカのABETと日本のJABEEだけである。アメリカにはPEの団体としてNational
Society of Professional Engineersがあり、日本には技術士の団体として日本技術士会Institution
of Professional Engineers, Japanがあるが、それぞれに有資格技術者の任意加盟団体として活動し、技術者全体を代表して活動する技術者団体とは性格がやや異なっている。各国の技術者団体は、地域連合たとえば東南アジア・太平洋工学連合
Federation of Engineering Institutions in South-East Asia and the Pacific、FEISEAPや、世界工学団体連盟World Federation of Engineering
Organizations, WFEOに加盟して、国際協力を進めている。わが国には、それらに加盟するのにぴったりの団体が存在しなかったことから、FEISEAPには日本工学会、WFEOには日本学術会議が加盟して対応してきた。これからますます重要さを増す国際協力を考えると、わが国の技術者を全体として代表する組織をどう考えるべきか、答えが待たれている。
4.技術士制度との連携
繰り返し述べたように、各国のengineering
educationは、engineerとしてスタートするための基礎教育として位置付けられている。従って認定された教育を終えたものは、特別な試験無しに修習技術者として実務や研修を始めることができ、一般的には最低4年の経験を積んだのちに、PEなどの登録技術者資格にチャレンジできる仕組みになっている。アメリカだけは例外で、ABETの認定を受けた教育を修了しても、FE試験(Fundamentals of Engineering)に合格して始めて修習技術者となることができる。この制度に対して、全米工学部長会議が認定プログラム修了者に対してFE試験を免除するよう働きかけたが、各州ごとに決められたPE制度を変えることは不調に終わっている。
日本の技術士制度は、2000年の改正以前は、7年以上の実務経験を持つものに第一次試験免除の特典が与えられ、直接第二次試験を受験できる仕組みになっていた。しかしこれでは、世界の技術士制度との同等性確保が困難になる恐れが大きいので、技術士を目指す全員に第一次試験合格の条件が課せられるように改訂された。ただし、文部科学大臣が指定する課程を修了したものには、第一次試験合格と同等とみなして試験を免除する特例が設けられた。科学技術・学術審議会技術士分科会は、文部科学大臣が指定する基準について審議を続けてきたが、03年末、JABEEの認定に基づいて指定するのが当面適切であるという答申をまとめた。
04年3月26日付官報に、01, 02年度にJABEEが認定した全てのプログラムが、文部科学大臣の指定を受けて第一次試験免除になるという告示が掲載された。これで、技術者教育と技術者資格との連携が国の制度として確立されたことになり、喜ばしい限りである。資格は個人の能力証明であるから、たとえ一次試験段階とはいえ個人ごとの能力判定を行わずに、システムとしての質保証に頼るのはどうかという議論は当然起こった。しかし、一発勝負の試験では当たり外れが大きいことと、受験勉強がもたらす歪みを考慮すると、システムとしての質保証すなわち認定が、個別の試験に代わる役割を果たすことが認知された。これは、わが国の資格制度において画期的なことであった。
わが国の技術系人材の構成は、現在下図のようになっている。日本学術会議は、日本の73万人の科学者を代表する組織である。ここでいう科学者とは研究者と同義語であり、人文科学、社会科学、理工学、医学など全ての分野を網羅している。国公私立合わせた大学の教員数は16万人であるから、大部分の研究者は企業などに広く散らばっている。一方技術者の総数は、国勢調査の申告によると240万人になっている。工学系の学士号をもらって卒業する学生数は毎年10万人を越えているから、工学系の高等教育を終えたものの総数とほぼ一致している。
工学系の研究者数は、経済産業省の統計によると40万人とされている。一方、日本工学会に加盟している約100の工学系学協会の会員数を累計すると、総数は65万人に達する。しかし、複数の学協会に所属する人も多いので、重複を除いた実人数を推定することは難しい。平均2学会に所属すると考えるだけで、実人数は33万に減ってしまう。このことから考えると、経済産業省が発表している40万工学研究者の実体は、学協会に所属している技術者とほぼ対応しているのだろう。
技術士の資格を有するものは、最近増加のテンポを速めて5万人の大台を越えたところである。なお建築分野の免許である一級建築士の資格を持つものは現在約30万人であり、技術士の数を遙かに凌駕している。
人間の健康に関わる専門職は医師であり、医師免許を持つもののみに業務独占の権利が与えられている。見ず知らずの病院に飛び込んでも、医師の指示通りに注射をされたり薬を飲んだりする。医師というだけで、命を預けるのである。その信任を担うものは25万人の医師集団であり、まさにプロフェッショナルの典型である。
一方、環境の人工化が進む現代において、社会基盤・ライフライン・建物・交通・通信・食品・薬品などの人工物やシステムを自然との共生を図りつつ創出・運用し、その信頼性・安全性に責任を持つ専門職は、われわれ技術者である。病気になれば医者に命を預けるが、健康で生きている間は、身近な人工物の信頼性に命を預けている。社会は、技術に対する信頼を誰に託したらよいのだろうか?大企業に対する信頼を裏切る事件が続出するにつれて、結局は、技術を担う人間そのもの、すなわち技術者の集団が社会の信頼を受け止めなければならないことが明らかになってきた。とはいっても、240万技術者のすべてがその信任に応えるのは、いささか具体性に欠ける。技術者を代表して信任の担い手となる集団が必要である。その役割は、有資格技術者、わが国では技術士が負うべきと考えられる。技術士法は、技術士に公益を担う責任を課している。技術士は、まさに信任を担う中核となりうる条件を備えている。
医業は25万人の医師によって担われている。では、技術業を代表して信任の担い手となる技術士は、どのくらいの大きさの集団が必要であろうか?当面の目標は医師並の25万人、将来は50万人程度に拡大することが必要であろうと私は考えている。
JABEEの認定を一次試験免除に結びつけた真の狙いは、技術士に至るメインストリートを整備することにある。認定プログラムを修了して社会に巣立つ若き技術者は、メインストリートを迷わず進んで30才を目途にぜひ技術士にチャレンジしてほしい。そして、一日も早く技術士というプロフェッショナル集団に加わって欲しい。この集団が大きくなるにつれて、やがて社会から見える集団に成長し、技術に対する責任の担い手として社会から認知され、信任されるようになるだろう。これこそが、われわれが長いこと望んでいた技術者の地位向上にほかならない。
5.教育の質保証 世界と日本
規制緩和の一環として、大学の新設、改組などを規制する設置認可条件を弱め、代わりに第三者評価制度を強化して、社会が大学を個別に評価できるように変えるべきである。このような基本路線に沿って中央教育審議会(大学分科会)が「大学の質の保証に係わる新たなシステムの構築について」と題する答申を2002年8月に取りまとめた。これを承けて国会で学校教育法改正の審議が行われ、同年11月に成立した。
この改正を承けて、2004年4月から認証評価制度が導入された。全ての大学は、文部科学大臣が認証した第三者評価機関、すなわち認証評価機関による評価を定期的に受け、その結果を公表することが義務付けられた。改正の基となった審議会の答申では、機関別評価と専門分野別評価の別が明記され、後者の例としてJABEEが引用されていた。
改正学校教育法では、機関別、専門分野別の言葉が一切使われていない。全ての大学に義務づけられる認証評価は7年周期で行われ、「教育研究、組織運営及び施設設備の総合的な情況」を評価すると定められているから機関別評価に対応するものと思われる。一方、専門職大学院は5年周期で「教育課程、教員組織その他教育研究活動の状況」について定期的に評価を受けることが規定されている。これは専門分野別評価あるいはプログラム評価に対応するものだろう。さらに専門職大学院の一形態である法科大学院については、別に決められた省令の中に「法科大学院の認証評価機関は、適格認定を行うことができる評価方法を有するものとする」という表現があるから、法科大学院にはJABEEと同様なプログラム認定が義務づけられていると理解される。(文科省はaccreditationを適格認定と訳してきた)
認証評価制度は、まさにスタートしたばかりである。これから、まず第三者評価機関が名乗り出て文部科学大臣の認証を受け、認証評価機関として事業を開始しなければならない。基準や手順を新たに作り上げるわけだから、試行も当然必要だろう。改正された学校教育法によって導入された認証評価制度では、法律のうえでは認定という言葉は見当たらず、全てが評価という表現になっている。しかしその評価には、大学基準協会が相互評価の結果を「評価の結果、基準に適合していることを認定する」と表現してきたのと同様に、実質的には機関認定の効果を持つものが含まれると思われる。これから当分は、評価する側にとっても、される側にとっても、システム立ち上げに苦労する時期が続くことだろう。
新たに始まった認証評価制度は、あくまで国内での評価・公表を意図しており、JABEEが掲げているような国際同等性の確保という見地は含まれていない。2004年3月に、文部科学省の「国際的な大学の質保証に関する調査研究協力者会議」が「国境を越えて教育を提供する大学の質保証について―大学の国際展開と学習機会の国際化を目指して―」と題する審議結果を公表している。この中で、大学の質保証に係わる国際的な情報ネットワーク構築の必要性が述べられ、「大学の質保証に関する国際的協議に積極的に参加・貢献するとともに、政府、評価機関、大学等を含む関係者の連携協力の強化が必要である」と指摘されている。そのような国際的協議の場の一つとして、技術者教育の国際的相互承認(ワシントンアコード)が引用されている。
JABEEの活動はすでに5年を越え、国際的情報ネットワーク構築の段階をとうに抜けて、同等性の相互承認を取り付ける直前まで来ている。技術者教育以外の分野では、まさに議論が始まったばかりで、同等性の担保までは長い道のりが必要であろう。
以上が、わが国の大学評価体制の現状である。これに対し、規制緩和・大学間競争・質保証の何れを取っても長い歴史と実績を持つアメリカの評価体制は、一つの先行モデルとして参考にすべきところが多い。以下にアメリカの認定制度を紹介しよう。
アメリカでは評価という言葉は使わずに、全てが認定accreditationとなっている。認定機関accrediting
organizationは、下表のように、機関認定institutional
accreditationを担当する地区基準協会(6)、専門別認定professional/program accreditationを担当する専門別認定機関(47)、宗教教育などの特殊分野を担当する認定機関(6)の三グループに分かれており、全てが民間団体である。全米を六つの地域にわけ、それぞれの地区基準協会が地域の全大学の機関認定を引き受けている。地域の面積的広がりだけを考えれば、日本全体を一つの基準協会でカバーすることもできるが、認定対象となる大学数を考えると、大学数がアメリカの約半分のわが国では、単純比例で考えれば三つの認証評価機関が必要になる。ABETは当然47の専門別認定機関の一つであるが、組織的にも活動的にもアメリカを代表する認定機関である。
認定機関は、適切な基準のもとで公正な認定を行わなければならないが、中にはいかがわしい認定機関が出てきて、学位乱発大学、いわゆるdiploma
millと呼ばれるような大学まで認定して、質保証システムそのものを崩壊させる恐れもある。これを防ぐために、全ての認定機関は、さらに上位の権威ある団体によって公認recognitionされる必要がある。アメリカでは、その公認が上図のように官と民の二重になっている。民間の高等教育認定協議会Council
for Higher Education Accreditation, http://www.chea.org/
は、主として大学の学長から構成される理事会によって運営され、その目的は質保証システムの機能維持にある。官を代表する連邦教育省は、連邦奨学金などの連邦資金を適切に配分する責任を果たすため、税金の使途に相応しくない大学を排除する目的で、公認した認定機関に適否判定の役割を代行させている。目的はあくまで、連邦資金配分のアカウンタビリティ確保にある。ABETなどの主要な認定機関は、官民両方から公認を得ている。
ドイツでは、1998年の大学大綱法の改正にともなって、大学の認定制度が導入された。大学の認定に当たる認定機関は全て民間団体であるが、それを公認する認定審議会Akkreditierungsrat,
http://www.accreditation-council.de/
は、官民折衷の組織になっている。すなわち、各州の教育大臣の集まりである教育大臣会議と、学長の集まりである学長会議が対等で認定審議会を構成し、官民合体で質保証システムの維持に当たっている。
これらの例から見ても、わが国の新しい質保証システムは、二つの点で異色である。一つは、文部科学大臣が認証する認定機関(認証評価機関)に、独立法人化したとはいえ実質的に国の機関である大学評価・学位授与機構が入ることである。欧米の例で見る限り、国の組織が直接大学の認定を行うことはない。また国と民間の組織が、同じ認証評価の土俵のうえで公正な役割分担ができるのかという心配も生ずる。二つ目は、認定機関を公認(認証)するのは文部科学大臣であり、まさに国そのものである点である。ある意味では日本的ともいえるわが国の方式が、国際的には異色であることを意識する必要がある。
JABEEが目的としている認定による技術者教育の質保証と国際同等性の確保は、現在義務化されている認証評価の枠外におかれている。法科大学院に限り適格認定が義務化されているが、JABEEが行っている技術者教育の認定は、自発的申請によるもので強制ではない。JABEEは認証評価機関に求められるあらゆる基準を満足していると確信しているが、義務化された第三者評価を担う認証評価機関の当面の役割の枠外にあることも確かである。JABEEと認証評価機関との関係は、今後の推移を注意深く見守りながら考えて行く必要がある。
6.大学院修士課程をどう考えるか
JABEEは、現在学士課程を対象に技術者教育の認定を行っている。国際的に見ても、entry-levelの技術者として必要な基礎教育は、学士レベルで達成できるという認識を共有している。WAが相互に同等性を認め合う教育も、全て学士レベルである。ABETは、学士課程の認定と並行して修士課程を対象とするAdvanced
Levelの認定も行っているが、Engineering Accreditationは学士課程か修士課程の何れか一つにしか与えられないことから、後者は特殊例に止まっている。
JABEEが学士課程を対象として認定を始めたのは、この国際的な流れに従ったのは当然として、もう一つ大きな理由があった。現在わが国では、工学系の学生は国公私立大学を平均すると30%、主要な国立大学では70%を越す学生が修士課程に進学している。その反面、学部教育が修士課程の予備門ないしは囲い込みの場として付属化する傾向が目立っている。質の高い修士課程は、充実した学部教育の基盤のうえに築かれるという鉄則を忘れてはならない。
学部の4年間は、人生で最も活力と成長力に富んだ時代である。またアメリカの一流大学では、学部から修士に進むときに大学を変え、経験と人脈を広げることを強く推奨している。学部教育は、それ自体の目的を掲げた高等教育の一段階であり、学士号はそのけじめである。JABEEは、貴重な青春の4年間に充実した教育を提供する道を敢えて選んだ。
JABEEは、2002-2004年度の3年間、経済産業省の委託を受けて大学院修士課程に対する認定の在り方について調査研究を行っている。海外事情の調査も終わり、また建築architecture教育のように、国際的に5年が標準となっている教育の認定にどう対応するかなど、個別分野の研究もかなり進んでいる。これまでの審議経過をとりまとめてみると、大学院を対象とする認定について次の基本的な考え方にまとまりつつある。
-
建築分野では、UNESCO-UIA(International
Union of Architects)が、国際的な共通基準による認定制度の導入を進めている。このように、現在のJABEE基準では対応できない教育分野に対しては、新たな基準を作成するなどして、JABEEの認定対象を拡大する。
-
学部を持たない大学院大学など、学士課程の認定が不可能あるいは困難な場合を対象に、現在のJABEE基準に若干の修正を加えて修士課程に認定の対象を拡大する。技術士一次試験免除という点では、学士課程に対する認定と同等である。
-
大学院レベルの専門職教育を行う組織として、専門職大学院が2003年度から新設され、それには専門分野別評価が義務づけられた。しかし考えてみると、技術系のこれまでの修士課程は、形のうえでは博士前期課程として研究者養成の前段階に位置付けられてきたが、実質的には高度な技術者養成のための専門教育を担ってきた。この情況は、今後とも基本的には変わらないだろう。学士課程については工学系学生が全体の18%を占めているに過ぎないのに、修士課程ではこれが40%に達している現実が、上記の事情を裏付けている。技術系教育では、修士課程が実質的な最終段階を担いつつあるときに、この部分を従来通りに各専攻の自主性だけに任しておいて良いのかという疑問が強い。
これに加え:
大企業では修士課程卒業者の採用が主流になっており、教育の質保証に対する要望が強まっている。
ヨーロッパ大陸では、技術者に対しては修士課程の認定が中心になり、国際同等性からも、いずれわが国にも対応する認定が求められる。
ことなどを考慮すると、修士課程独自の認定が必要になる日も近いだろう。これについては、今後の認証評価制度の進展を見ながら、いつでも対応できる態勢に準備を整える必要がある。
7.技術者の能力開発支援 ―上流から下流まで―
技術者としての生涯を考えると、大学で基礎教育を終えた後、大学などの研究機関で研究者としての道を歩むもの以外は、企業に就職して技術者としてのスタートを切ることになる。その後実務経験や研修を重ねて次第に国際的に通用する技術者globally
competent engineerに成長してゆく。またできるだけ多くの技術者が、適切な時期に技術者資格―技術士―を取得し、プロ技術者としての地位を確立することが望ましい。また技術士をベースに、APEC
Engineerなどの国際技術者資格を取得すれば、世界を舞台に活躍するうえに強力な助けとなる。
技術の進歩は目覚ましく、最新技術ほど陳腐化が早い。常に最新の知識をベースに仕事をするためには、専門能力のアップデートが不可欠である。職務能力を維持・発展させるための自己向上の努力は、継続能力開発
Continuing Professional Development, CPDと呼ばれている。CPDは、公益を担う技術士に対しては責務とされており、年間平均50時間を目途に自己責任でCPDを続けることが求められている。APEC Engineerには、同じく年間平均50時間のCPDを継続することが、資格継続の条件となっている。
公的な資格を持たない一般の技術者でも、自らの雇用価値employabilityを維持し、強化するうえにCPDが不可欠である。このように、全ての技術者に、ニーズに合ったCPD機会を提供することが、技術者の能力開発支援に極めて重要な役割を果たすことになる。
下図は、技術者の生涯にわたるキャリアー形成の流れを示したものである。時間は左から右に流れる。JABEEは、キャリアー形成の最上流部分を担い、専門学協会と協力しながら、認定を通じて教育の質を高めることに専念している。
CPD機会の提供者をCPDプロバイダーと呼ぶと、それには専門学協会に加えて、大学等教育機関、企業内教育組織、業界団体、研修業者など多彩なメンバーが含まれる。学協会は短期でトピックス的知識、大学は長期で系統的知識、企業教育は実務能力の強化を得意とするから、それぞれが特色あるCPDを提供して、全体として多様なニーズ(期間、専門、レベル、対面/遠隔などの方法)に応えて行かなければならない。(遠隔の例:http://weblearningplaza.jst.go.jp/)
CPDを中心とするキャリアー下流側の技術者の能力開発(Professional
Development of Engineers, PDE)を助けるために、現在PDE協議会を立ち上げる準備が進んでいる。当面は、CPDの重要さを企業経営者や技術者に浸透させる啓蒙役を務めるかたわら、学協会が提供するCPDの総合データーベースを作成して検索の便を高めたり、学協会のCPD記録方式を統一してCPDポイントの集計を容易にすることなどを目指している。現在、日本工学会に所属するPDE協議会委員会(http://www.pdecj.org/)が、有志学協会と協力しながら事業の立ち上げに努力している。CPDを必要とする技術者が、大企業から個人事業者まで千差万別な環境で働いていることもあり、技術者一人ひとりの意識改革を呼び起こすのに、当分地道な努力を継続する必要があろう。
技術系学協会は、英文名にEngineersあるいは Engineeringを含むものは当然として、全てがacademic機能とprofessional機能を兼ね備えている。これまでとかく前者のみが重視されてきたが、今後会員との共存共栄を図りながら学会経営の基盤を固めて行くためには、後者により重点を移すことが必要である。後継者育成に当たる技術者教育認定に深く関わることについても、会員の大多数を占める技術者に
CPDを通じて生涯にわたる支援を行うことについても、学協会はその分野の主要なプレーヤーである。オーケストラでは、各パートを演ずるプレーヤーが優れていることに加えて、全体の統合を図る指揮者conductorが必要である。技術者の能力開発支援というオーケストラで、JABEEは上流側の、これから生まれるPDE協議会が下流側の指揮者を務めるという構図がはっきりしてくると、わが国技術者の能力開発支援インフラが整うことになる。
以上
* 第2項:技術者とEngineerの後部に追加があります
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