JABEEについて

日本技術者教育認定機構
会長 吉川弘之

初代会長:吉川弘之

20世紀は科学技術の世紀であったといってよいだろう。

その前半の戦争の時代には、残念なことに科学技術の知識によって戦争が悲惨さを増したことは否定できない。しかし、第2次世界大戦の終息によって、冷戦という緊張はあったにせよ、戦争を否定する人々の期待によって大戦は回避され、その中で科学技術は質的にも量的にも飛躍的な進展を遂げたのであった。そしてその効果は広く人々に及び、安全と豊かさを保障する社会の実現を可能としたのである。

勿論、1999年にブダペストで、国際科学会議(ICSU)とユネスコとの共催で開催した世界科学会議において、科学技術は人々に計り知れぬ恩恵をもたらす一方で、人類の中での貧富の差を拡大し、また科学技術の知識の慎重さを欠く適用による新しい危険の発生を引き起こしたという指摘がされたように、現代の科学技術の急速な進展には、今まで人類が経験したことのない新しい脅威が内在していることを認めなければならない。

従って、科学技術に関係する者の、これからの行動には大変な注意深さが必要なのである。殊に、技術者はその中心にいる。何故なら、前述の貧富の差の拡大や、新しい脅威などは、科学技術的知識の現実への適用という過程に深く関わっているからである。知識の現実への適用、それは現代においては技術者がそのほとんどを行っているといって良いであろう。

注意深く行動する技術者とはどんな者であろうか。新しい知識の適用に臆病になったり安全であることが実証された知識しか使わないという者になったりすることであろうか。

決してそうではない。もしそうであったら、前述の、現代の最大の問題である貧富の格差や、人類が未経験の環境問題などに立ち向かうことはほとんど不可能である。むしろ、現代という時代においては、新しい知識を自ら基礎的な研究によって生み出し、それを果敢に適用することこそ、技術者に求められる行動であると言えるであろう。

慎重でありながら果敢であること、それはなかなかむずかしい注文である。しかしそれが現代の技術者に課せられた使命であるとするなら、その実現の方法を探っていくしかないであろう。

既に言われているように、技術者は倫理的であることが、上記の観点からも要求される。この場合の倫理とは、果敢な技術者として、新知識を生み出し学び、そして積極的にそれらを現実に適用するものでありながら、同時にその適用結果を深く洞察して、その中に潜む脅威を回避する努力を続けるということである。このような技術者は、特定技術領域の知識水準をできるだけ高めるという従来の工学教育の考え方では生まれて来ない。これは技術の倫理性についての十分な理解と、しかも自らの領域の全技術の中での位置付けについて考えることの出来る技術者を教育するという考え方に基づく教育課程を必要とする。最近発足した日本技術者教育認定機構(JABEE)の発展は、この意味でも大いに期待されるのである。

技術者が慎重でありながら果敢であること、それは今後、社会がますます技術化する中で必要な条件である。しかし、それだけで十分というわけではない。技術者の多くは企業の中で働く。そして企業は国家の産業政策の中にある。そして国家の産業政策もまた、国際的な多くの取決めの中でのみ可能性を持っているのである。このように、大きくまた複雑な仕組みの中で、科学技術的知識が全人類にとって最適に活かされるために、するべきことはもっと多い。そしてそれは、現実的には技術者が仕事をする環境を提供するという意味で相互に深い関係がある。

この環境作りの一つとして、政策決定への専門家の助言が最近改めて注目され始めている。世界的な組織として、日本学術会議が日本として参加しているインターアカデミーパネルという科学アカデミーの世界組織があるが、そこがインターアカデミーカウンシルという新しい機構を設立させた。それは、各国の科学アカデミーが自国の政府の科学技術政策立案に対して政府に助言をするように、国連や世界銀行の政策決定に、世界中のアカデミーが協力して助言しようとするものである。
国際機関、国家機関を問わず、すべての政策決定に、公平で適確な助言が科学者や技術者から必要な時代が到来したという認識がそこにはある。

インターアカデミーカウンシルは科学技術の助言機関ではあるが、どちらかといえば最先端科学に関する問題を取扱うことになっている。おそらく、より現実的な問題として、技術に関わる世界的問題について、より専門的な助言が必要になるであろう。従って、各国の工学アカデミーが国際協力を強化する必要があると思われるが、今後の課題でもある。

このことの意義は、各国が、そして国際機関が正しい政策決定をするのが当面の目的であるが、それにもまして、そのような多重的な政策的条件の中で仕事をする技術者が、慎重でかつ果敢に行動するための、状況を与えることにある。

技術の助言は国際機関に限らない。むしろ国内が重要であり、各国は既に助言機関を設置している。私の心配は、我が国の助言が、各産業分野の要望の積み上げの域を出ていないのではないかということである。この遅れは技術者教育の認定が出遅れたことと無関係ではない。認定にせよ助言にせよ、本来そこには論理的に構成された筋書きと戦略が必要である。少なくともJABEEの誕生はそのことの急速な実現を可能としている。私の期待は、この経験をもとに、他の問題においても、戦略性を獲得することである。