2代会長就任挨拶

会長就任のご挨拶-次の段階に向かって-

大橋 秀雄(工学院大学理事長)2005年6月


会長交代

2005年6月21日のJABEE理事会において、吉川弘之前会長のあとを承けて会長に選出されました。思えば8年前の1997年に、産学官が協同して「国際的に通用するエンジニア教育検討委員会」を組織し、技術者教育の改善と国際通用性の確立に向けて行動を開始しました。そのとき以来JABEE創立を経て現在に至るまで、吉川先生には一貫してリーダーを務めていただき、JABEEの誕生と基盤固めに、まさに創立会長として絶大な貢献をしていただきました。3期会長を務められたあと、認定がほぼ軌道に乗り、ワシントン協定加盟が実現したのを節目として退任されましたが、これからは最高顧問として引き続きご支援をいただきます。私はこれまで、副会長として会長をサポートしてきましたが、これからしばらくの間会長をお引き受けして、草創期から成熟期への切り替えを図り、JABEEに対する信任が学生諸君からも、大学からも、産業界からも高まるよう努力します。ご支援をお願いいたします。

ワシントン協定加盟実現

ワシントン協定(Washington Accord, 以下WA)は、学士レベルの技術者教育engineering educationの質的同等性を、国境を越えて相互に認め合う取り決めです。1989年にアメリカ、カナダ、イギリス、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランドを代表する技術者教育認定団体がアメリカのワシントン市に集まって協定に調印したことが始まりで、その後1995年にホンコン、1999年に南アフリカが加わりました。

加盟できるのは、一国または地域を代表する技術者教育認定団体で、民間組織NGOであることが条件となっています。大部分の国では、その国の技術者団体Institution of Engineers(イギリスはEngineering Council)が認定責任者として加盟していますが、アメリカのみは教育認定に特化したABET(Accreditation Board for Engineering and Technology)が加盟しています。今回JABEEが9番目の加盟団体として加わりましたが、今後はABETやJABEEのように教育認定に特化した団体の加盟が増える予想です。

WAは2年おきに総会を開き、加盟団体の相互評価や新規加盟団体の審議を行っています。新規加盟には2段階があり、先ず加盟団体2/3以上の賛成を得て暫定会員(provisional member)になります。その後WAが指名するMentorの助言を得ながら認定制度の成熟を図り、準備が整った段階で正式加盟のための審査を申請します。WAから派遣される審査チームは、実地審査への同行などを通じて認定プロセスの同等性を確認し、その意見を取りまとめてWAに報告書を提出します。正式加盟は、総会で審査チームの報告書に基づいて審議され、全員賛成によって承認されると加盟団体(signatories)の一員となることができます。

JABEEの場合は、2001年6月に南アフリカで開かれた総会で暫定加盟を申請しました。30分間のプレゼンテーションでJABEEの組織と認定システムを説明しましたが、幸い全員賛成で承認されました。2年後の2003年6月、ニュージーランドで開かれた総会では、30分間にわたって進捗状況の説明を行ったのちに、正式の加盟審査を要請しました。WAは、カナダ(委員長)、アメリカ、ニュージーランドの代表からなる審査チームを派遣し、同年11月に国内3大学の実地審査に同行するとともに、翌2004年4月の認定委員会にも立ち会って審査のプロセスを詳細に調査しました。

我々に開示された審査報告書の素案には、技術者教育として必須と考えられる設計engineering design教育が、必ずしも十分でないケースが見受けられるという指摘がありました。これは、大部分のプログラムに取り入れられている卒業研究が、設計教育の重要な一部と位置付けられていながら、実態は研究の手伝いに終始している状況を指摘したものでした。この指摘を正面から受け止めたJABEEは、世界の現状と対比しながら設計教育を考え直す「技術者教育とエンジニアリングデザイン」と題する国際シンポジウムを2004年12月に開催し、その結果を共通認識として採択して今後の教育に生かすことにしました。このJABEEの積極的な対応を評価して最終報告書は好意的に修正され、JABEEの正式加盟を無条件で推薦するという結論を添えてWAに提出されました。

2005年6月にホンコンで開催されたWA総会では、加盟審議に先立ちJABEEには10分間のプレゼンテーション時間が与えられました。大中逸雄認定・審査調整委員長は、JABEEの最新の実績を簡潔に説明するとともに、認定システムが単に最低レベルを保証するものでなく、絶え間ないレベルの向上に役立つものでなければならないという前向きの取り組みを強調して、JABEEに対する信頼を高めるのに成功しました。その後開かれた加盟団体だけの会議でJABEEの正式加盟が審議され、審査チームの報告書と直前のプレゼンテーションに基づいて、異論なく全員の賛成が得られました。2005年6月15日が、JABEEが国際同等性を確立した記念すべき日になりました。

JABEEが暫定加盟を果たした2001年当時のWAの規約では、正式加盟になると、暫定加盟時に遡って同等性が認められました。しかし、その後規約の変更があり、過去に遡る適用が廃止されました。従って、加盟の日付以降に認定プログラムを修了するものに、無条件で同等性が認められます。2001年度から2004年度までの修了生には、2005年6月15日現在でJABEEが認定しているプログラムと実質的に同等なプログラムを修了したかどうかが問題となります。従ってこの間の修了生には、JABEEが個別に判断して遡って同等性の証明をする必要があります。

たとえば、アメリカの技術者資格PEを取得するには、ABET認定の技術者教育プログラム、もしくはそれと同等のプログラムを修了していることが条件になります。このような場合に、WAを通じた同等性の担保が、日本の大学の卒業生に大きな効果を発揮します。これはメリットの一例に過ぎません。

JABEEが正式加盟を実現するまで、外国の多くの団体から助言や支援を受けました。アメリカのABETやオーストラリアのInstitution of Engineers, Australiaとは、覚え書き(Memorandum of Understanding, MOU)を交わして、早い段階から助言を受けました。暫定加盟を申請するときは、カナダのCanadian Council of Professional EngineersとニュージーランドのInstitution of Professional Engineers, NZから推薦状を貰いました。また、審査員養成のためのインストラクターの派遣や、オブザーバーの派遣を通じて、すべての加盟団体から支援をいただきました。

JABEEが加盟団体となった今では、立場が大きく変わってきました。JABEEはこれから加盟を目指す国々に対して、助言者mentorや審査員reviewerを派遣する立場となり次図は、WA次期総会(2007年ワシントン市)までの加盟国と暫定加盟国の分布を示しています。ヨーロッパ諸国は、ボロニャ宣言のもとで各国の大学制度を統一し、2010年を目途に流動性に富んだ巨大な教育圏を築く行動を開始しました。それに対応して、環太平洋諸国が協力して、ヨーロッパに匹敵する魅力的な教育圏を築くことが必要になります。その中で日本は、Made in Japanのモノづくりの伝統に加えて、ヒトづくりでもリーダーシップを発揮できる国になりたいものです。

図: Washington Accord加盟国

WA加盟までに、これに関わった歴代のJABEE関係者はもとより、文部科学省と経済産業省から多大のご支援を頂きました。ここに厚く御礼申し上げます。

これからの課題

JJABEE創立以来の6年間は、我が国では最初の教育プログラム認定制度を軌道に乗せるため、まさに走りながら実行と手直しを続けてきました。三点セットと呼ばれる基本文書(認定基準、自己点検書、認定・審査の手順と方法)も毎年修正が加えられ、バージョンアップが続いています。受審側からは、制度がころころ変わると不評を買っていますが、これが国際的にも驚嘆されるスピードでJABEEが認定制度を樹立した原動力となってきました。JABEEはWA加盟と同時に、認定プログラム数ではABETに次ぐ重要な地位を占めることになりました。追いつこうとして走り続けた時代を卒業して、これからは一歩一歩確実に前進する段階に入るよう意識を切り替える必要があります。

今期(2005-2007年)の理事会としては、次に掲げる課題を克服して、JABEEの基盤を一層強化するように努力いたします。

(1) 認定制度の熟成

2005年1月に公表された中教審答申「我が国の高等教育の将来像」は、多元的な評価機関の形成が必要であると指摘しています。その中で「機関別・専門職大学院の評価に加えて分野別評価が、分野の特性に応じて学協会等関係団体の協力を得ながら発展することが期待される」と述べられていますが、これはまさにJABEE活動に対する期待に他なりません。義務化された認証評価(機関別評価)と、JABEEが行うプログラム認定は、その相乗効果として教育の実効を確実に向上させます。JABEEは技術者教育のプログラム認定機関としてのこれまでの路線を堅持しつつ、そのシステムを一層熟成させて、国内的にも国際的にも信頼される存在となることを目指します。

2005年度は、新規審査と中間審査を加えると150件以上の審査が見込まれ、量的にはほぼピークに近付いたと予想されます。これまでは、審査数の増加に追いつくように審査体制の強化に主力を注いできましたが、これからは受審側に対する配慮を一層重視します。認証評価とJABEE認定の両方に追われる教育現場のロードを低減するよう工夫することと、認定のメリットが学生側にも大学側にも実感できる外部環境づくりが急務となっています。

(2) 産業界との連携強化

JABEE認定に対する産業界の認識は、まだまだ低いと認めざるを得ません。産業諮問評議会を通じて経団連を中心とする大企業の方々からご意見を伺っても、新卒採用の大部分を占める修士に対する教育、すなわち大学院教育に関心が向かってしまいます。弱い学部教育の上に乗った修士課程は、砂上の楼閣のようなものです。JABEEは、誰もが通過する学部教育を、まずしっかりと固めることから始めています。国際的に見ても、初級技術者に必要とされる教育は学部の4年間であり、JABEEはここを狙って国際同等性を担保しました。

JABEEプログラムの修了生は違うということを、単に理念でなくアウトカムズとして示すにはまだまだ時間が必要でしょう。産業界には、単に良いものを選んで採用すればよいという意識だけでなく、良いものが育つ基盤を産学が協同して育成しようという気持ちを持っていただきたいと願っています。山野井副会長が中心となって「産学連携プラットフォーム」を立ち上げ、産学のフランクな意見交流の場を拡大することから連携強化に着手します。

(3) 大学院修士課程への認定拡大

工学系で学士を取得して修士課程に進むものは、平均して30%弱、主要研究大学では70%を越す割合となっています。将来研究・開発など技術の先端で働くことを目指すものにとって、修士課程はもはや標準コースとなってきました。急増している修士課程修了者の能力低下に危惧を感じている産業界が、その教育の質保証に強い関心を抱くのは当然のことです。

JABEEはすでに3年間にわたって、経済産業省の受託事業として大学院認定問題の調査研究を行ってきました。4年の学部教育ではカバーできない特殊な教育、たとえば5年間の教育が必要なUIA/UNESCO準拠のArchitect(建築家)教育については、すでに試行を終えて実行可能な準備を整えました。今後は、化学、機械、電気・電子・情報通信分野の修士課程について、基準と分野別要件を策定し、試行やシミュレーションを含めて実施を前提とした調査を継続します。

専門職大学院であれば、修士課程は技術者という専門職に対する高度な教育課程と割り切ることができます。しかし一般の大学院は、研究者養成と高度な専門職養成の両方のミッションを掲げていますから、教育目標の自由度は極めて大きくなります。このような自由度をまったく束縛せずにプログラム認定を導入することは極めて困難でしょう。修士課程に対する認定の導入は、受審サイドが明確な教育目標を掲げることが出発点となります。認定システムの研究と同時に、修士教育に対する大学側の意識改革を進めることが、認定の実現に不可欠となります。

(4) 国際協力の推進

ワシントン協定加盟実現の項で解説した情況に対応して、国際協力態勢を強化し、推進します。

(5) 自己点検とアウトカムズの明確化

PDCAサイクルを回して、絶え間ない教育の向上を図る。それを求めるJABEE自身も向上のサイクルを回す必要があります。2001年の認定開始から数えて5年、その間の成果と課題について自己評価と外部評価を行い、組織・運営の在り方についても改善に努めます。

教育の評価に当たって、アウトカムズoutcomesが重視されます。JABEEの評価に当たっても、その原則は変わらないはずです。JABEEは定款の中で、「我が国の技術者教育の国際的な同等性を確保するとともに、技術者教育の振興を図り、国際的に通用する技術者の育成を通じて社会と産業の発展に寄与する」と認定の目的を述べています。その目的の達成度を如何なるアウトカムズによって評価するかは、慎重な検討を要します。まずアウトカムズ測定の方法論を決定し、成果を継続的にフォローする準備を開始します。

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